last updated 1997/07/29
第75話(全130話)
嵐のあと(2/4)
〈大丈夫なの、フィンフィン?〉
問いかけるピートの声に、フィンフィンは力のない声で応える。
〈いいや。大丈夫って感じからは程遠いよ、正直言うと〉
〈傷が痛む?〉
〈痛むならいいんだけどね、何も感じないんだ。体の下半分がどこか別の星にあるみたい〉
〈ぼくに何か出来るかな?〉
〈出来るよ〉
〈どんなこと?〉
〈うんとぼくのこと心配してくれないかな。きみがいつもぼくのこと考えてくれていたら、そ
の愛情がぼくの力になる。フィンクはちょっとやそっとのことじゃ死んだりなんかしないけど
、誰からも愛情や関心を持ってもらえないと、すぐに弱ってしまうんだ。だから・・〉
〈そんなことなら、わざわざ言う必要もないさ。ぼくは心からきみのこと気にかけてる。きみ
のこともマリカのこともワーターのことも〉
みんな無事で、この海を渡りたい。そして旅を続けたい。
ピートは正直、それを願った。
風に従えとアーバムは言った。なのに、どうしてこんなひどい目に遭うんだろう?
ピートは考える。そして、風を読み間違えたのだと悟った。
風は浜から海へと吹いていた。珍しい現象だな、とその時ピートは思った。そして、だから
こそ風が海へ出ろ、とぼくを誘っているのだと思い込んだ。それが間違いだった。あの時は、
水平線の向こうで急速に成長しつつあった低気圧へと、大気が吸い寄せられて行っていただけ
なんだ。だから風は浜から海へと向かって吹いていた。
ぼくがマスターの気象解析データをほんのちょっとでも覗いて見ていれば、そんなことすぐ
にわかったはずだし、風が海へと向けて吹いているような時は、絶対に筏なんかで海に出ては
いけないとマリカに進言することだって出来たはずだった。
けれどぼくは、その当然すべきはずのことを怠った。そのせいで、仲間たちは地獄に翻弄さ
れることになった。
すべてぼくのせいだ。ぼくは旅の果てに帰り道があるのだと知って、そのことだけに夢中に
なってしまった。莫迦だった。答えを知るということは、途中の過程を軽んじてしまうことだ
と、学校で教わっていたのに。テストでカンニングをしたコがいて、それが発覚した時、マチ
ルダという女の先生がこう生徒たちに言った。
「問題を見て、それにふさわしい正しい答えをやはり盗み見て、それで正解を書くことは出来
るでしょう。それはみなさんほど機転の効く悪戯上手な子供たちには簡単なはずです。でもね
、みんなにはひとつだけちゃんと覚えておいて欲しいの。テストで大事なのは正解を書き込む
ことなんかじゃないのよ。満点を取ることでもないの。先生はね、あなたたちが正解をたくさ
ん書いてくれても、ちっとも嬉しくないの。むしろ間違った答えを書くコにこそやさしく接し
てあげたいと思ってるわ。忘れないで。間違う、ということは何かをつかみ取る、ということ
の第一歩なのよ。問題を見て、自分なりに考えて、それで答えを書いてみたら、間違いだった
。そういう時、はじめて生徒は何かを学べるの。自分がどこで間違えたのか、どういうふうに
考える癖があるのか。それを改めるにはどこに気をつければいいのか。そういうことを学べる
の。けど、掌や机の下に隠した紙切れに記された正解を盗み見てても何も学べないわ。ただ、
いい点が取れるだけ。先生やみなさんのお母さんたちは、テストで百点を取ってくれれば、そ
れが嬉しいのかしら? それともみなさんが間違えながらでも、学び、成長して行ってくれる
ことのほうが嬉しいのかしら? 考えてみて。考えれば、わかるはずですね。質問と答えの間
にある過程のほうが、そこを大事にする子のほうが素敵よ」
マチルダ先生はそう言って、やさしくクラスを眺めわたしていた。
風に従えばいい。その答えだけ知っているから、それに飛び付いてしまう。風がどういう状
況を告げているのかを考える過程を無視していた。マチルダ先生は「間違える子のほうが素敵
だ」と言ったけど、カンニングをした挙げ句に間違える子というのは、ちっとも素敵だなんて
思わないだろう。それはただ粗忽なだけだ。
海のゆるやかなうねりをみつめながら、ピートはしかしマリカやワーターたちのように疲れ
果ててはいない。あれだけの嵐と戦いながら、それで疲労感ひとつ覚えられない機械の体を、
喜ぶというよりもむしろピートは悲しく想った。疲れない、ということはそのまま生きていな
いことのように思えた。疲れ果てて眠るマリカの寝顔をピートはみつめる。髪にも顔にも首の
下にも、塩が固まり、陽射しにそれが輝いている。ピートの目にそれは、命を燃焼させた証の
ように映った。自分の体にも塩がこびりついているが、それは単に機械の汚れでしかないし、
放っておけば内部機関を錆つかせる恐れがある、ただのやっかいな代物でしかない。
ピートは自分の体にこびりつく塩をゴシゴシと擦り落としはじめる。黙々と、ロボットの体
から塩の固まりをこそぎ落としながら、数時間を過ごした。夜明けは徐々に朝になり、朝は昼
へと続く午前中となった。ピートはもしまた進むか退くかの決断を強いられるようなことがあ
ったなら、その時こそはロボットの強みを遺憾なく発揮して、正確なデータと分析でマリカた
ちを危険から守ろうと決意した。そうすることしか、自分がロボットに憑依したことの意味は
まるで生かせない。そう思った。
やがて命からがら暴風雨をやり過ごし、それでもまだ大海の只中を漂流しているわけだから
、危険な状況なのは相変わらずなのに、自分のしていることは機械の大掃除でしかないと気づ
き、ピートはそんな自分にうんざりとなって、満身創痍の筏の上にゴロンと横になった。自分
の愚かさに自分で怒って不貞寝するロボットのとなりで、マリカは逆に目を醒ます。睫毛にこ
びりついた塩のせいで、中々目が開けられないので、彼女は自分がもうこのまま永久に瞼を開
けられないのではないかと思った。判断ミスの罰として、あたしは生きたまま海に埋葬された
のだ。瞬間、そんなふうに思い、それもまた仕方がないだろうと観念する。しかし、ちょっと
力を入れればそれだけで瞼は開けられたし、指でこすれば目の周りの塩の固まりも拭い去るこ
とが出来た。罰を受けるとしても、それはまだ先のようだ。
(つづく)
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